2015/3/5 - AliceNineの改名で考えた、商標的によさげなバンド名

 こんばんわ。中の人です。


 3月2日に、前事務所(PS COMPANY)から独立したAlice Nineの活動再開が発表されましたが、バンド名を「A9」に変更するという発表が同時になされました。


Alice Nineが「A9」に名を変えて再始動 - 音楽ナタリー


 以前のブログ記事でも書いた通り、「Alice Nine」および「アリス九號.」の商標はPS COMPANYが押さえていますので、これはやはり商標を円満に譲渡(あるいは使用許諾)してもらえなかったと考えるのが自然です。


 芸能界においては事務所から離れる際は芸名を返上するのが当たり前、的な前近代的な風習もある(*1)ようですが、素人で事務所に入ってゼロから育ててもらったタレントならそういうのもまだ分からなくもないですが、もともと自分たちで名前を考え活動してきてある程度大きくなってから事務所に所属するバンドの場合、その名前を事務所が100%独占できるというのには違和感があります。


(*1) 『いわゆる「事務所移籍トラブル」の”落とし前”として芸名を差し出さなければならないのは、芸能界のいわばジョーシキ。』 有名人39人「芸名の秘密」全部バラす(4) - ライブドアニュース



 芸能人が自分の名前を事務所に商標登録されて使えなくなった事件と言えば、古くは「加勢大周」事件(*2)、最近では「加護亜依」事件(*3)が思い出されますが、いずれも個人の芸名であり、バンドやグループ名でそこまでの揉め事になったという話は日本ではあまり聞かないです。


(*2) ただ、訴訟では商標はあまり争点になりませんでした。むしろ、まだ商標出願しかされていなかったのに登録されたと認定した地裁の大チョンボのほうが興味深いです。 詳細→加勢大周事件に 『商標』 を考える - 不二商標綜合事務所 (PDF)

(*3) これは結局訴訟にはならず、裁判所の判断は出ていなかったと思います。 詳細→加護亜依問題は第二の加勢大周問題なのか? | 栗原潔のIT弁理士日記



 そこで、こういうことにならないようにするにはどうすればよいのか、商標という面からちょっと考えてみました。


(1) 事務所に入る前に商標登録してしまう
 ある程度バンド活動にめどがついた時点で、メンバーだけでさっさと商標登録してしまうというのはどうでしょう。
 金額的にも、1区分であれば出願時に12,000円、維持費として10年分で37,600円(産業財産権関係料金一覧(2012年4月1日以降) | 経済産業省 特許庁)ですので、メンバー皆で負担すればそこまで大きい負担ではありません。


 しかし、この場合権利者を誰にするかという問題があります。メンバー全員の共有にしてしまうとメンバーチェンジがあったとき面倒なことになりますし、誰か一人(たとえばリーダー)にしてしまうとリーダーの許可がなければ他のメンバーはバンド名が使えないということになり、仲良くやっているうちはいいのですが、険悪な関係になったときどうにもならなくなります。


 またそもそも、その状態で事務所に入ろうとすれば事務所への商標譲渡を強要される可能性もあり、苦労した割に結局意味がないかもしれません。


 別の方法として、バンドを法人化してしまい、そこに権利を持たせておく(LUNA SEA方式)という手もありますが、これはLUNA SEAくらいでかいバンドだからできるわけで、誰にでもできるわけではないですね。それにこの方式もメンバーチェンジがあったらどうするか、という問題もあります。

(2) 事務所に入るときに、事務所移籍時には新事務所に商標を移転することを契約に入れておく
 そりゃあそうできれば一番いいんですが、そんな条件を事務所が飲むわけもないですね。それができれば苦労しねーよ!という声が聞こえてきそうです。


 また仮にその条文を入れてもタダで渡せとは言えないわけで、事務所は莫大な譲渡対価を要求することで事実上譲渡を拒否することができそうです。とすると、この方法はあまり意味がないですね。

(3) 商標登録しない
 意外と現実的な選択肢のような気もします。


 そもそも現在は、指定商品をレコード等にしたバンド名の商標登録ははねられる(*4)ようなので、多くのバンド名はライヴを想定した「映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営」や「音楽の演奏」(41類)、あるいはグッズ展開を想定した登録をしているようで、一番肝心のCDやDVDにはバンド名を商標として使うことができません。ということは、別に商標登録しなくてもいいんじゃね?ってことになります。


(*4) まず1回は拒絶されるようですが、その後の不服審判では登録できた例と拒絶された例が混在しており、「やってみないとわからない」という非常にあいまいな状況のようです(「歌手名・音楽グループ名」の識別力についての考察 (PDF))。訴訟にまでなった例では、「LADY GAGA」商標についての「知財高裁 平成25.12.17 平成25(行ケ)10158 審決取消請求事件 (PDF)」があります。
 中には『著名なバンドじゃないから、という理由で登録された』(バンドの名称の識別力 - 商標審決読みかじり)例もあるようです。この引用元記事にもあるように、有名なバンド名は品質表示とされて商標登録できず、無名なバンド名はそうではないから登録できる、というのはどう考えても変だと思いますが、本題から外れますのでこれ以上は掘り下げません。



 現実には、本人が出演しないライヴで勝手にそのバンド名を掲げることはありえない(それをやったら、商標権侵害以前に不当表示とか詐欺の問題になってしまいます)でしょうから、海賊版グッズ対策としての意味くらいしかないでしょう。逆に言うと、そこはしょうがないものと諦めて、海賊版とは品質や内容で差別化する方針にすれば、必ずしも商標登録はしなくてもいいんじゃないでしょうか。


 じゃあそうなった場合バンド名の権利は法律的にはどうなるのか?ということですが、バンドを民法上の組合とみなし、組合の共有財産として取り扱う、という考え方があるようです(*5)。ただし、この場合は解散・再結成があった場合の取り扱いが面倒なことになるので、将来のことを考えると完璧な案とはいえませんが、とりあえず活動していく上では支障がないように思います。


(*5) 『バンド活動は,(略)一種の組合契約になるとかんがえることができる(民667条1項)。』『重要な組合財産のひとつであるバンド名は(略)メンバー間の共有財産だということになる。』 解散後におけるバンド名の使用〜商標の共有をめぐる問題 (PDF)



 とはいえ、事務所の方針で強制的に商標登録させられてしまえば意味がないので、事務所が了解してくれれば、という限定つきではあります。

(4) 商標登録できないバンド名にしてしまう
 (3)で「事務所が強制してきたらどうにもならない」と書いたところを根本的にひっくり返す案です。商標法あるいは特許庁の運用基準上、登録されない商標というものがあり、いっそのことバンド名をそれにしてしまえば事務所に強要されることもない、というわけです。


 「登録できない」とされる条件はたくさんありますが、そもそもバンド名には使えないような条件を狙ってもしょうがない(*6)ので、たぶん使える条件は限られてきます。


(*6) たとえば3条1項1号狙いで「バンド」というバンド名にするとか、3条1項3号狙いで「ヴィジュアル系バンド」にするとかいうのはさすがに意味がないし、4条1項11号や15号を狙って既存のバンド名や会社名と似た名前にするというのもイヤらしいしたぶん嫌われますね。 出願しても登録にならない商標 | 経済産業省 特許庁



 たぶん現実的には、まず一つは4条1項7号の「公序良俗に反する商標」が挙げられます。『原爆オナニーズ』なんかもろにこれだと思います。でもこれだとそもそも「テレビに出られない」という致命的な欠陥があるので、メジャーになりたいならダメですね。


 そうするともう一つ、3条1項5号の「極めて簡単でありふれた商標」がいいでしょう。本号に関する特許庁の審査基準(PDF)を見ると、まず「ローマ字の1字または2字からなるとき」というのがあります。『X』は完全にこれですね。


 そしてこの中にはありませんが、末尾についている「審判決要約集 (PDF)」によると、「ローマ字1字+数字1字」というのも過去にはこれに該当するとして拒絶された例があるようです。もちろん「3M」のように登録されている例もあるので、すべて拒絶というわけではないんですが、微妙なライン上にあると言えるでしょう。


 となれば、このあたりが狙い目ですよね。今回Alice Nineが改名した「A9」はまさにここに該当します。狙ったのか偶然かわかりませんが、「A9」そのままでは商標登録できるかできないか微妙なところですので、事務所に押さえられる危険はかなり低くなりますね(今回は独立みたいなので、もうそういう心配はないでしょうけど)。
 一般論としては、そうして最終的に有名になり、事務所に対して発言力がついてきたら商標登録を考えればいいと思います。今回のケースでいうと「A9」の文字列そのままでは無理だったとしてもロゴ化してしまえば商標をとれますので、そうなれば自分たちに有利な条件を飲ませることもできるでしょう。


 そんなわけで、事務所に名前を押さえられたくないという場合は「超シンプルなバンド名にしてしまう」ということでどうでしょうか!


 ・・・という記事を数日にわたって書いている途中で、ディル&ピエロ友達のしんぺー(@s_s_p_y)さんが「検索したら一番上にでてくるV系バンドのサイト | Gadget Zombie Parasite」という記事をちょっと前に書いていたのを見つけてしまい、オウフ!ってなりました。シンプルなバンド名って確かに商標を事務所に押さえられる心配はないですが、SEOの観点からは最悪の選択肢ですね・・・。

 えーじゃあどうしよう、結局「バンド名は差別化できる個性的な名前にするけど、商標登録は意地でも事務所にさせない」というのが正解でしょうか。こんな結論でいいのか、という感じですが、せっかくほとんど書き上げたのをボツにしたくないのでそういうことにさせてください。ヒィー!石を投げないでください!イヤァー


(※ 2015/3/9 「A9」の商標登録可能性についての記述を修正)


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